「おいしさ」を科学する
不二製油 MIRACORE® が切り拓くフードテックの未来

シリーズインタビュー・フードテック最前線〈第1回〉

植物由来の食材を口にしたとき、「おいしいけれど満足感が足りない」と感じることはないだろうか。

近年、プラントベース食品市場は世界的に拡大している。しかし、その一方で、「健康的」「環境に良い」という評価とは別に、“また食べたい”と思わせる満足感の壁が存在してきた。

不二製油のMIRACORE®は、その根源的な課題に挑む技術ブランドである。

不二製油の基盤研究を担う「未来創造研究所」は2015年「おいしさの研究」という使命を与えられた。植物性油脂とたん白の組み合わせによって「動物性の満足感」を再現する技術を数々の試練を乗り越え開発。2021年に研究所発のブランドとして立ち上げられた。現在は、プラントベースのスープストック「MIRA-Dashi®」やラーメン・カレーなどへ展開され、輸出規制やアレルギー、宗教上の禁忌といった制約を解消しながら、“食のインフラ”そのものを変えようとしている。

本記事では、不二製油株式会社 経営企画本部 風味基材事業部 部長・齋藤努氏へのインタビューを通じて、MIRACORE®が目指す「おいしさ」の本質に迫る。

それは単なる代替食品開発ではない。
“人はなぜ、おいしいと感じるのか”
その問いへの挑戦でもある。

《PROFILE》

不二製油株式会社
経営企画部門 風味基材事業部 部長

齋藤 努
サイトウツトム

1995年入社、中央研究所で大豆たん白の新素材開発に従事。2015年、不二製油グループ本社未来創造研究所 新素材創出グループのグループリーダーを務め、「おいしさ」に関する研究を主導。研究過程で得られた技術を基盤として、2021年に技術ブランドMIRACORE®を立ち上げ。2023年、風味基材事業開発部の部長に就任。2024年より風味基材事業部の部長。新たな価値を社会に実装するため事業展開に取り組む。

なぜ「おいしさ」を科学するのか

未来創造研究所に与えられた使命である「おいしさの研究」。

油脂だけでも成立しない、たん白だけでも成立しない“満足感”という極めて曖昧で感覚的な価値を解明するために、香料メーカーや調味料メーカー出身者も含めた異分野の研究者が集まり、創発的な知識融合を進めてきた。

齋藤氏は、研究の転機となった出来事をこう振り返る。
「ラーメンを作る際に使う、とんこつを煮だしたダシを植物素材で再現する試みが、大きな転機になりました」

2019年に完成したそのスープは、一風堂創業者・河原成美会長から「クリアにした時のとんこつのダシと雰囲気が似ている」と評価された。そして、その技術が現在のMIRA-Dashi®シリーズへと発展していく。

MIRACORE®の豚骨風ラーメン

しかし、その背景には単なる技術開発ではない、より大きな社会課題への問題意識があった。
世界人口の増加。環境負荷。食料供給問題。宗教やアレルギーによる制約。さらに、動物性原料を含む食品の輸出規制。

日本食が世界的に人気を高める一方で、“本物の味”を海外で再現することは、実は非常に難しい。
そこで不二製油は、「植物性でおいしい」を追求することで、こうした制約を超えられるのではないかと考えた。

齋藤氏は、これを「料理のOS」と表現する。
つまり、誰もが共通して使える“食の基盤”を、植物性で構築しようとしているのである。

MIRACORE®が解いた「満足感の正体」

MIRACORE®の最大の特徴は、「物質をコピーしない」という点にある。

通常、食品開発では、動物性食品に含まれる成分を分析し、それを再現しようとする。しかし、MIRACORE®は異なるアプローチを取った。

目指したのは、「人がどう感じるか」である。

齋藤氏はこう語る。
「完全に同じ物質を再現するのではなく、人が動物性食品を食べたときに“濃厚だ”“コクがある”と感じる感覚そのものを設計しようと考えました」

人は、機械的に味を感じているわけではない。
舌で感じる味、香り。記憶。食感。期待感。
それらを脳が統合し、「これはエビの味だ」「これはカツオだしだ」と知覚している。

例えば、海外で多少間違った日本語の文章を読んでも、日本人なら文脈から意味を補完できる。同様に、味覚においても、ある程度の要素が揃うと、人間の脳は“それらしい味”を積極的に補完する。

MIRACORE®は、まさにその“脳の補完能力”に着目した。

植物性油脂とたん白が織りなす「コク」や「ボディ感」。
さらに香りや複雑性を組み合わせることで、人が“動物性らしい満足感”を感じる構造を設計していく。

これは単なる代替食開発ではない。
“満足感そのもの”の設計なのである。

ダシから始まるフードテックの転換

MIRACORE®を具現化した商品が、MIRA-Dashi®シリーズである。

現在は、MIRA-Dashi®チキンタイプ、MIRA-Dashi®ビーフタイプ、MIRA-Dashi®カツオタイプ、MIRA-Dashi®貝タイプ、MIRA-Dashi®白湯タイプ、新発売のMIRA-Dashi®エビタイプを加え6種類で展開。

ラーメン、うどん、そば、カレー、パスタ、デミグラスソースなど、和洋中を問わず幅広い料理に活用されている。

ここで重要なのは、不二製油が“ダシ”に注目した点だ。

日本食において、ダシは単なる調味料ではない。
料理全体の方向性を決定づける「土台」であり、日本独自の“旨味文化”の中核にある存在だ。

素材を前面に押し出すのではなく、全体の調和を生み出す。
この「引き算の美学」は、日本料理の本質とも言える。

つまりMIRA-Dashi®は、単なる植物性ダシではない。
日本のダシ文化そのものを、グローバルに展開可能な“料理のOS”へと進化させる試みなのである。

特に海外では、その価値が大きい。
欧米や中東では、動物性原料の輸入規制が厳しく、日本のラーメンスープをそのまま輸出できないケースが多い。

一方、植物性ダシであれば、宗教やアレルギー、輸出規制を超えながら、本格的な日本食特有の味わいを再現できる。

さらに、味が標準化されることで、現地スタッフでもオペレーションがしやすくなる。
これは、日本食の世界展開を支える“味のインフラ”とも言える技術だ。

MIRA-Dashi®カツオタイプで作ったカツオ風ダシ

植物性は「代替」ではない

植物性食品は、長らく「代替品」として語られてきた。

しかし齋藤氏は、その考え方自体を変えようとしている。
「ビーガンの方にも、そうでない方にも食べて"うまい”と感じてもらうのが理想です」。

そこには、“我慢して食べるサステナブル食品”ではなく”選ばれるおいしさ”つまりうまいを作るという思想がある。

不二製油は、70年以上にわたり植物性油脂とたん白を研究してきた。その蓄積があるからこそ、単なる模倣ではなく、“新しい基準”としての植物性食品を提案できる。

しかも、その価値は環境対応だけではない。

輸出規制の解除。
アレルギー対応。
宗教対応。
人手不足への対応。
味の標準化。

MIRACORE®は、それらすべてを包括する“制約解除型テクノロジー”として機能し始めている。

食の未来はどこに向かうのか

2050年、世界人口は100億人に達すると予測されている。
その時代に、動物性資源だけで食を支え続けることは難しい。

しかし、人は「正しいから」だけでは食を選ばない。
”うまい”、”また食べたい”
その感情がなければ、食文化は定着しない。

MIRACORE®が目指しているのは、まさに感情をつくりだすところだ。
植物性でも、人が自然に満足し、繰り返し食べたくなる世界。

しかも、その技術はダシだけに留まらない。

洋菓子、調味料、レトルト食品、外食、さらには世界各国のローカルフードへ――「満足感設計」という思想は、多様な食領域へ拡張していく可能性を持っている。

不二製油は現在、世界15カ国で事業展開し、「おいしさ」「健康」「サステナブル」を軸に、食の未来を共創している。

不二製油という企業のDNAにあるのは、「人まねはしない」という哲学だ。

齋藤氏の言葉を借りれば、
「制約を解除することが、ビジネスチャンスになる」

MIRACORE®とそのプロダクトであるMIRA-Dashi®は、その象徴である。
それは単なるプラントベース技術ではない。

“人はなぜ、おいしいと感じるのか”
その問いに、日本発のフードテックが真正面から挑み始めている。

新製品のエビタイプを活用したアメリケーヌ風パスタ