《特別インタビュー》九州大学グローバルイノベーションセンター客員教授 並木幸久氏

これからの時代は、総ての人に同じ「価値」を提供する時代ではない

並木幸久さんは、工学博士と言う立場で「九州大学グローバルイノベーションセンター」に於いて、高精度ヘルスケア、デジタルヘルス技術、応用人工知能技術の研究者として活躍されています。同時に、「健康経済」や「価値経済工学」の専門家でもいらっしゃいます。今回は、あまり耳慣れない「価値経済工学」という学問のことなどを中心にお話を伺いました。

(インタビュアー:味香り戦略研究所 マーケティング本部長 藤丸順子)

九州大学グローバルイノベーションセンター客員教授 並木幸久(なみき・ゆきひさ)氏

情報に基づくイメージが共有できてこそ、「価値」は生まれる

―そもそも、「価値経済工学」とはどのような学問なのでしょうか?

一般的価値工学は、「製品やサービスなどの価値を高めるための考え方とその技法」だと説明されています。価値を高めるためには、“機能の向上”と“原価の低減”が効果的であり、主にアイディア発想と工学的手法を併用しながら機能分析と原価分析に焦点を当てます。

「ではいったい、価値とは何なのか?」

人は外から「新たに入ってくる情報」と、すでに教育等で培われた「自らの情報」を持っています。この2つの情報が作用することで、その人の「価値感」(価値感の複数形が価値)が生まれます。私は、年間で1,000組織超の人々から、個々人それぞれの事業に対する価値感や潜在的な価値についてヒアリングを行っています。

―ここで言う「組織」とは、具体的にはどのような組織のことですか?

自治体の首長から政府関係者、大企業からスタートアップの社長まで。また、そのエリアは国内だけでなく海外のケースもあります。まさに多種多様です。数多くの人にヒアリングして分かったことは、価値を形成する情報は、「形・量・質をコントロールすることで変化する」という事です。

例えば、「ワイン」は、その価値をお金ではかることができます。何故ならば、「ワイン」には同じような価値を複数人が共有できるマーケット(経済)が存在するからです。ところが、ワインを構成している「ワ」、「イ」、「ン」の情報単位を組み替えた「イワン」だと、どうでしょう。ワインのような経済価値を持つでしょうか。「人の名前なのかな?」とほとんどの人が首を傾げるでしょうね。

情報から構成される情報体に基づく経済的なイメージが共有できない場合、「価値は無い」という事になります。ヒアリング活動を介して、製品やサービスが売れない課題を抱えている経営者の多くはワインではなく、イワンを販売しており、「わが社のイワンは凄い!」と熱く語るのです(笑)。

私はこのような話を聞く度に、経済価値を創るための情報の形、量、質を解析し、イワンをワインへ変換することで「経済価値を持たせるためのワンポイントアドバイス」をつぶやきます。このような活動の一環として、これまでに30超組織の期限付き(暫定)CFO、CSO、顧問等を担うことで、ビジネスを介して価値経済工学を実証するためのフィールドワークをやることになりました。私はこういうユニークな経歴の学者なのです(笑)。

―お話をお聞きして、並木先生のプロフィールの謎が解けました。

「世の中が必要とするサービスを提供する」ことで、お金は集まる

ですから、私は自分が取り組んでいる学問を、「価値工学」ではなく、「価値経済工学」と呼んでいます。今、世界の投資家が注目しているのは、世界的課題であるSDGsやESGの取り組みであり、それらのソリューションを商品やサービスとして提供できる企業です。

お金は稼ぐものではありません。世の中が必要としている価値を提供することで、その結果として集まる現象が生じるのです。社会的課題を解決する技術やサービスをお金ではかることで、価値に経済を備わせるという、この新たな「価値経済工学」をヘルスケア領域へ応用した健康経済(ウェルネス・エコノミクス)の分野で日本人初のノーベル経済学賞を狙っています(笑)。

―期待しています(笑)。
―そう言えば、「食の分野」では2021年に、日清食品が完全栄養食というインパクトある商品の販売をスタートしています。

「ビジネスは、必要とされなければならない!」――この視点から解釈すると、実に時代を見据えた、素晴らしい取り組みだと思います。美味しい物を食べて健康に過ごしたい人々に対して、「全ての人に健康と福祉を提供する」という姿勢が見て取れます。

日清食品と言えば“カップヌードル”が有名ですが、カップヌードルPROと言う商品も発売しています。美味しさはそのままなのですが、高タンパクで低糖質です。小売りではなく、オンラインストアで販売しており、私もよく買っています(笑)。

「美味しい、完全栄養食をコスパ良く作る」というチャレンジ。日清食品という企業を詳しく知っている訳ではありませんが、「時代を見据えた健康価値を創出する取り組み」にリスペクトしています。

「必要とされる」ことを常に考える。それこそが成功への近道

―食関連の企業で、並木先生が注目されているスタートアップ企業はありますか?

山口県周南市にある「セディカル株式会社」ですね。この会社は、医師が健康づくりに役立てようと長年研究してきた知見を活用して、糖尿病の人でも安心して食べられるチョコレートを開発・販売する会社です。予防医学に基づいた「ビヨンドスィーツ」を提供することを事業化し、食と健康を楽しむ商品を提供しています。

いずれの商品も5,000円台と高価格なのですが、「糖尿病を疑われる人であっても、美味しいチョコレートを食べたい」というマーケットは存在する。実際、発売と同時に完売してしまい、現在は生産が追い付かない状況です。 日本だけでなく世界を視野に入れた場合、この会社が成長できる可能性はとてつもなく大きい。世界に向けてビジネスを展開したいと考え、CFO兼CSOとしてお手伝いしています。

「地方にユニコーン企業(評価額が1,000億円規模)が誕生し、その地域に雇用が生まれ、地域の生活の質(QOL)を高め、日々の生活を介してHappyになる人が増える」という夢を膨らませることは楽しいですよね。「ベンチャーに派手さはいらない」と私は考えています。まずは世の中に必要とされる価値を提供することです。

―最後になりますが、日本のフードテックの可能性について聞かせてください。

派手な技術革新という視点からだと、投資の対象となるような企業は日本には少ないですが、一方で、食の分野で“豊かな油田”を持っていると言えます。予防医療の視点に立てば、精進料理一つとっても代替食材や素材を活かす技法が生きています。

これからの時代は、総ての人に同じ価値を提供する時代ではありません。今後は予防医学の視点で、提供する人の健康や趣向等に合わせて、「見た目も楽しく、美味しい食」を提供できるサービスインフラや人の生体情報の利活用等が進み、「テック」と言う派手なイメージに踊らされることなく、人に必要とされる、もしくは人に喜ばれる商品・サービスを開発することが重要です。

豊かな油田である日本食の潜在力を世界に提供するビジネスにするために必要なことは、「日本人として日本食を誇ることとその価値を伝えること」です。この双方を持ち合わせ、「必要とされる」ことを常に考えていく。これこそが「成功への近道になる」と確信しています。

《PROFILE》

並木 幸久先生
Yukihisa Namiki

九州大学グローバルイノベーションセンター客員教授。価値工学、健康経済(Wellness Economics)、高精度ヘルスケア、デジタルヘルス技術、応用人工知能技術の研究者。工学博士。ソムリエ。
南カリフォルニア大学及び同大学大学院でバイオメディカルエンジニアリング、電気工学及びコンピュータ・エンジニアリング(生体ビックデータ・シミュレーション)並びに九州大学大学院でエネルギー量子工学(生体エネルギー・生体情報工学)を学習し、卒業。(独)産業技術総合研究所で、研究者兼コンサルタントとしてゲノミクス、再生医療、組織工学、ナノテクノロジー、先進医療技術、幹細胞関連技術、個別化医療・ヘルスケアの国際連携及び産業化支援を担当し、基礎技術の実用化及び産業化のトランズレーションに5年間従事し、アメリカ食品医薬局(FDA)、欧州医薬品庁(EMA)、アメリカ国防高等研究計画局(DARPA)との調整役を担当。その後、日本で初の技術移転専門会社(株式会社国際総合知財ホールディングス)を設立し、日米欧亜間の技術取引、ライフサイエンス・ヘルスケア企業/事業の創出・投資・育成及び経営に15年以上従事。