畿央大学 健康栄養学科・健康科学研究科 山本隆教授

日を増すごとに注目されるようになった「食を科学する」取り組み。この視点で色んな研究室を紹介する。


食べることや味わうことの生理学的・脳科学的側面を専門とする畿央大学の山本隆教授。山本教授は歯学の出身でありながら、おいしさやコクの研究で広く知られています。その異色の経歴から、どのような経緯で味覚の研究に取り組むようになったのか、研究への思いやグローバルな経験についてお話を伺いました。

(インタビュー・文:味香り戦略研究所 吉満友野)

畿央大学健康栄養学科・健康科学研究科教授、大阪大学名誉教授 山本隆(やまもと・たかし)氏

―歯学という分野を専門とされながら、おいしさや脳機能に関心を持つきっかけは何だったのでしょうか。

「歯学においての私の研究は、歯そのものに焦点を当てるのではなく、主に噛むことや味わうことを研究する口腔生理学。その中で味の感じ方などについて研究を行っていました。口腔生理学は、口の中の生理学的な側面を取り扱う分野であり、全身の生理学の一部として口の生理学が位置づけられますので、体全体の勉強も必要でした。つまり、脳の働きに関する要素も含まれています。私の研究で一つの契機となったのは、1996年に出版された「脳と味覚」という本です。この本の執筆を通じて、味覚に関する脳を含む体全体の働きを様々な視点から調査し、多岐にわたる知識を習得できました。その後、人間科学部に所属することになったのですが、この学部は文系の学問を扱うため、文系の学生にも興味を引くようなテーマを考える必要がありました。具体的には、食べ物の好き嫌い、何が食べ物を「おいしい」と感じさせるのかといったテーマを考えるに至りました。このような日常生活に即したテーマを、それまでの脳活動研究や味覚研究に取り入れ、研究の幅が広がりました。」

研究の契機となった著書「脳と味覚」(共立出版)

―山本先生はコクの研究の第一人者としても知られていますが、脳の研究はコクの研究を推進するために行われたものなのでしょうか。

「脳の研究とコクの研究は異なるものです。通常、おいしさは官能評価で計測する方法が主流ですが、私はおいしさの客観的な評価法として、脳がどのような反応を示すかに興味を持ち、研究を始めました。おいしさは、味・におい・食感など様々な要素が組み合わさったものですので、これらを統合的に評価したいとも考えました。」

「脳の反応を測定するための手段として、PETやfMRIがありますが、これらは頭部を固定する必要があり、自然な食事を摂ることは難しいです。そのため、自然な状況で食事をしながら測定できる機能的近赤外分光法(fNIRS)を選択しました。ただし、fNIRSでは脳の深層までは観察できないため、表面部位に着目し、おいしさを判断する脳領域を前額部に特定しました。この脳領域は、味覚やおいしさに特化したものではなく、高次の機能を担当する部位です。例えば、食事の途中に考えごとをしてしまうと、測定においてはノイズとなってしまいます。また、被験者の動きも影響するため、大きな動作を避けつつ自由に味わい、おいしいかどうかに集中していただくよう指示する必要があります。」

PET…陽電子断層撮影法。目的に応じた薬剤を体内に取り入れ、特殊なカメラで脳や内臓などさまざまな場所の活動を画像化して身体の機能を見る。
fMRI…機能的磁気共鳴画像。非侵襲的に脳全体の活動を計測し画像化する。
fNIRS…機能的近赤外分光法。血中のヘモグロビンの濃度の変化を測定し、脳血流の変化を推定する。

写真はイメージです。

「興味深いことに、被験者が自分の好きな食べ物を味わうと、脳の活動の変化が最も顕著に現れます。最初は砂糖水やキニーネ水などの単純な味の溶液を試験に使用しましたが、被験者によって結果が異なりました。つまり、同じ味であっても、おいしいと感じるかは個人によって異なることがわかったのです。私の研究は、特に好き嫌いの対象に強い反応を示す脳領域に焦点を当てています。」

「味覚の研究では、うま味物質のグルタミン酸が食べ物をおいしくする理由についても追求しました。初めて経験する方や赤ちゃんは、単独でグルタミン酸を味わうとまずくて嫌がる傾向がありますが、野菜スープなどの複雑な味の料理に混ぜるとおいしく感じることが知られています。その理由を考える中で、コクが関与している可能性が浮かび上がりました。コクの研究は味の素社の研究所が先駆けて行ったもので、うま味溶液にコクを出すコク味物質を加えることで厚み、広がり、持続性が増すこと、さらにコク味物質が他の味を引き立てることがわかりました。ただし、コク味物質のみでは物足りず、やはりうま味物質とあいまっておいしくなると言えます。両者の違いを具体的に例えるとしたら、山の形成の過程でしょうか。うま味物質は地盤が上昇していくように全体を底上げする、コク味物質は火山のマグマのように個別の味を際立たせるという表現ができると思います。」

―なるほど、コクとうま味というのは、非常に深い関係にあるのですね。

「最近、韓国の食に関する国際シンポジウムに参加する機会がありました。そこで、アメリカ人の研究者が、うま味物質とコク味物質を組み合わせることで食品がよりおいしくなるという発表をしていました。コクやコク味物質はまだあまり研究が進んでいない分野ですが、これからはおいしさの要因として注目されると考えています。うま味では、100年以上前に池田菊苗氏がうま味を発見した後、研究が途絶える時期がありましたが、1985年にうま味研究会が国際シンポジウムを開催したことでうま味の研究が盛り上がりました。それ以前から日本国内ではうま味について研究が行われていましたが、欧米でうま味に関心が寄せられるようになると、受容体などの研究は海外で進展し、"UMAMI"は国際的な言葉として定着しました。同様に、“KOKUMI”も世界中に広がっていくのではないかと考えています。欧米に先んじられることがないように、日本の研究者も積極的に取り組む必要があると思いますね。」

―山本先生のご経歴にありますアメリカでの留学経験についてもお聞かせいただけますか。

「アメリカに留学したのは、30歳頃のことです。ペンシルバニア州にあるモネル化学感覚研究所(Monell Chemical Senses Center)へと渡りました。当時の所長と、私の専門分野における教授である河村先生との縁により、この研究所で研究することとなりました。モネル化学感覚研究所は、当時まだ新設されたばかりで、発展途上の機関でした。私は研究所で独自の研究を進めるというスタイルでしたが、そこでの日々は大変充実していました。様々なバックグラウンドを持つ研究者たちが集まって多様な研究に取り組んでおり、さらに毎週のようにセミナーなどのイベントが行われているため研究者同士の交流も盛んで、多岐にわたる知見を得る機会を得られました。留学中に出会った仲間とは帰国後も継続的に交流をしており、実に貴重な経験を積むことができました。」

―生理学の知識を活かし、脳の測定からおいしさの解明へと研究を進めてこられた山本先生ですが、将来的にどのような研究に取り組みたいと考えていらっしゃいますか?今後の展望について教えてください。

「将来的には、おいしく食べるための研究により具体的に取り組んでいきたいですね。最近では、代替食品の開発が進んでいますが、単に栄養があるから食べるというだけでなく、本当においしく食べることが大切です。しかし逆に、食事においてはおいしさだけを追求するのではなく、栄養を摂ることも重要です。そのため、改めて「おいしさとは何か」という疑問に行き当たります。どのような要素が組み合わさることで食事がおいしくなるのかを考えていく必要があり、その中には「コク」という概念も含まれますので、コク味物質とうま味物質の相互作用について、より学術的に明確にしていきたいと思っています。この研究を通じて、より健康的でおいしい食事の実現に貢献できれば幸いです。」

―本日はありがとうございました。

《PROFILE》

山本 隆先生
Takashi Yamamoto

畿央大学健康栄養学科・健康科学研究科教授、大阪大学名誉教授、歯学博士。

大阪大学歯学部助教授、同人間科学部教授を経て、畿央大学教授。専門は生理学、神経科学、味覚生理学、食行動の脳科学。NPO法人うま味インフォメーションセンター理事長。主な著書に「脳と味覚」(共立出版)、「美味の構造」(講談社)、「楽しく学べる味覚生理学」(建帛社)がある。