国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所 森林資源化学研究領域 微生物工学研究室 大塚祐一郎主任研究員

日を増すごとに活発になる「食を科学する」取り組み。この視点で色んな研究室を紹介する。


未来の酒は木から作られる?日本初の技術で作られた木を醸す方法!

この世のどんなお酒でも“糖”がないと酵母による発酵でエタノールは生成されません。しかし、つくば市の森林総合研究所はなんと木からエタノールを醸してしまったのです。木の醸造酒、およびそれを蒸留して木の蒸留酒の誕生です!これは大変!聞き利き酒に行かなくては!?(※まだ飲めませんでした)

(インタビュー・文:味香り戦略研究所 髙橋貴洋)

(右)国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所 森林資源化学研究領域 微生物工学研究室 主任研究員 大塚祐一郎(おおつか・ゆういちろう)氏

―なぜ木からお酒(エタノール)を作り出そうとしたのですか?

「最初はお酒を作るという研究ではなかったんです。木の成分はセルロース、ヘミセルロース、リグニンで構成されていて、それらを分けたいというのが出発点でした。通常その三つの成分を分けるためには、強力な化学処理をしないといけないのですが、リグニン、ヘミセルロースという成分が、非常にデリケートで壊れてしまっていました。そこでまずセルロースを取り除くために酵素分解をするのですが、その効率を上げるために木をナノレベルに粉砕し、木のペーストを作ったところ、それが腐ったのです。」

―木が腐るというのは一般的な事象のようですが?

「そうですね。年単位の長い期間で木が朽ちていくのは当たり前ですが、通常2-3日という短い期間では“腐敗する”ことはないのです。つまり木を細かくすることで微生物が分解できるようになったのです。これはうまくやれば発酵となり、木のお酒ができるんじゃないかと確信した瞬間でした。」

―具体的な製造プロセスを教えてください。

「木材は、9割以上がセルロース、ヘミセルロース、リグニンでできています。セルロース、ヘミセルロースはプラスチックのようなリグニンにガチガチに覆われて中に埋め込まれている状態なので、それらを発酵するには、1μm以下に微粉砕して、露出させなければなりません。ところが、いままでの技術では5-10μmが限界で、さらに細かくする方法である水の中で粉砕するビーズミルに行きついて、独自の湿式ミリング処理方法を開発しました。湿式ミリング処理した木材は、粘度の高いクリーム状となります。それにセルラーゼ酵素を加えて、セルロースをブドウ糖に分解して、さらに醸造用酵母を投入してアルコールを作れば、「木の酒」の醸造酒と蒸留酒がそれぞれ得られます。」

―お酒の研究、製造をするには免許が必要ですよね。

「酒税法は、お酒の種類ごとに免許を取らなければいけないのですが、木を原料にしたお酒がなかったのです。税務署、国税庁に1年以上ずっとお話して協議を重ねていったところ、興味を持っていただき、試験製造に限って免許を頂いています。」

―法律のところから研究が始まっているのですね!それはすごいですね。ちなみに、どのような樹木で作っているんですか?

「今のところは、スギ、シラカバ、サクラ(ソメイヨシノ、ヤマザクラ)、ミズナラ、クロモジの6種類です。それらの「醸造酒」と「蒸留酒」を試験で作りました。どれも食に関係のある樹種で、貯蔵樽や割り箸や爪楊枝などに昔から使われています。これからは、さらにバリエーションを増やして、メープルシロップが作り出されるカエデ、梅の木など、安全性の高い樹木もやってみたいですね。スギ、シラカバ、ミズナラ、クロモジの酒はラットを用いた動物試験などで安全性の確認試験も行って問題となるデータがないことを確認しています。」

それぞれの匂いを嗅いでみたら・・・

―スギは新築の家のような香り、シラカバは爽やかな酸を感じる梅っぽい匂い、サクラはクマリンのような桜葉の塩漬けの匂い、ミズナラはバニリン系・ウイスキーラクトン系の甘いウイスキーの香り、クロモジはリナロールのような爽やかな香りが引き立ち、木単体の苦いようなクセがなくこちらの方が好みですね。

「やはり発酵すると、酵母はアルコールを作りつつ、木の香り成分を変化させてくれています。そのうえ、樹種ごとに醸し出される風味が全く違うので、それぞれの樹種の酒を単独で楽しむだけでなく、何種類かをブレンドしたり、蒸留酒と醸造酒をブレンドしたりするなど色々な展開があると思います。」

―食料不足などで将来、穀物から贅沢にお酒が造れなくなる時は、木から造るというのは選択肢の一つになってきますね。

「そうですね。また、「木の酒」の魅力としては、地域の山で育った木や湧き水を原料にできることです。その地域特有のストーリーを持った木の酒を地域ごとに製造することが可能です。もう一つの「木の酒」の魅力は、ワインやウイスキーの製造年や熟成年数のような時間のストーリーを樹齢という形で持っているということです。例えば樹齢153年の吉野杉を2021年に伐採してスギ蒸留酒を製造したとすると、このスギは1868年の明治維新の年に芽生えたことになります。すなわち、このスギの年輪の真ん中には明治維新の年にこの木が固定した炭素で作られた木材があり、そこから外側に向かって2021年に至るまで全ての年の木材が年輪として含まれているわけです。そして、この153年間の全ての年の木材が糖化と発酵によってアルコールとなり、この【維新】というボトルに閉じ込められているのです。これを飲むことは、明治維新の年から令和までの全ての年に渡って固定されてきた炭素をアルコールとして体内に取り込み、それらの一部を体内で代謝して自身の細胞の一部となることを意味します。すなわち、飲んだ人が樹齢153年のスギと同化するという新しい体験を可能にするのです。」

驚くことに、右の樹齢8年の木2kgから左の35%の木の蒸留酒750mlが出来るのだ!あなたの座っているイスも…。

―なんと!すでに売り方のストーリーまで研究されているのですね!

「もう一つ面白い特徴と言えば、醸造酒は発酵直後すべてが薄黄色ですが、時間が経つにつれて、樹種によってだんだん色が濃くなるのです。例えば、サクラの醸造酒は3カ月が経つと薄いピンクになり、6ヶ月くらいだと赤ワインのような色合いになります。ミズナラ はウイスキーのような琥珀色に、スギは濃い茶色に変化していきます。なので、樹種ごとに異なる色も楽しめると思っています。」

―実際に商品化されたものを早く飲んでみたいです。

「我々は日本の林業を盛り上がるために研究を行っていますが、たまたまお酒の造り方を見つけ、このような物が造れました。プロの方ならきっとさらに良いものが造れるので、まずは国内の酒造メーカーに限定して技術公開をしていって、早くその方たちに造ってほしいなと思っています。」

―本日はありがとうございました。

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所にて、大塚氏と

インタビューを終えて

木から作れる…ということは同時に理論上は葉っぱや紙でもお酒ができるということも判明しました。とはいえ、この「木」というストーリー性の頑強さは計り知れないと研究者の大塚さんからの熱意も併せて感じました。そして日本初の技術!今のところ手を挙げる企業がないのももったいないなあと感じました。
国土の半分以上が森林である日本はさまざまな木との関わり合いがあります。そして多くの醸造酒や蒸留酒は木樽に保存し、その風味を移して愉しんでいる事実があります。そこのあなた!4億円ほど集めて木の酒を作るスタートアップ企業やってみませんか!?

《PROFILE》

大塚 祐一郎
Yuichiro Otsuka

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所 森林資源化学研究領域 微生物工学研究室 主任研究員。

1977年、熊本県出身。博士(農学) 。2006年12月森林総合研究所入所。
木材成分の微生物による分解過程の研究、代謝工学技術を応用した木材からの有用物質生産システムの開発に従事。木材の超微細化と微生物分解を研究する過程で、木材を丸ごと発酵可能にする技術を開発する。木材の高付加価値化を目指して、世界初の木を直接発酵して造る「木の酒」の製造技術開発を開始。