東京大学工学系研究科、九州大学先導物質化学研究所 柳田剛教授
日を増すごとに活発になる「食を科学する」取り組み。この視点で色んな研究室を紹介する。
東京大学と九州大学、ふたつの大学で教授を務める柳田剛氏。本日も九州へのフライトが迫るという中、インタビューに応じていただきました。
(インタビュー・文:味香り戦略研究所 松山彩)
―まず、柳田先生のバックグラウンドを教えてください。
「もともとは化学工学が専門です。修士卒業後、パナソニック中央研究所に勤め、ナノスケールの粒子などを研究開発していました。そこでイギリスの研究者と出会ったのがきっかけでイギリスの国家プロジェクトに参画し、イギリスで博士課程を修了しました。その後、大阪大学の川合先生のもとでナノテクノロジーを研究し、現在は東京大学と九州大学の2拠点で研究を行っています。大学の人材流動化は日本でも盛んになっていて、自分にとって最適な環境で心おきなく研究に励むことができています。」
―ナノテクノロジーは、スマートフォン、センシングなどの内部構造にメインで使われている技術だと思いますが、現在取り組まれている研究内容はどのような特徴があるのでしょうか?
「化学は物質を作る学問ですが、近年は「情報」が重要視されるようになってきました。私は、「新しい機能を持つナノ材料を生み出す」ことを目標に研究に取り組んでいます。物質と材料は異なる意味を持つと考えており、材料は「人の役に立つもの」を指すと思っています。生物などをモデルにしたナノテクノロジーで機能性をもつ材料を作ることをモットーに私たちは研究に励んでいます。」
―柳田先生は「新しい機能性をもつ材料」に着目して研究をされているということですが、その中で社会的に展開されているものはどのようなものですか?
「音や画像は物理情報として画面上を移動することが実現していますが、味やにおいなど の化学情報は現在の技術では実現できていません。特に、においに特化した技術開発を行っていますが、生体に倣った材料を無機素材で実現しようとしている点が他の研究とは異なる特徴だと思います。においをデジタル化できれば、脳腫瘍、肺がん、血糖値などをにおいで測定し多様な分子情報を形にすることができます。私たちが開発した結晶成長界面は香気成分の構造を識別し、分子を特異的に認識します。この材料を用いてイオンチャネルを模擬した人工チャネルをつくり、電気情報へ変換、この情報を画像化することでチャネルのパターン認識に近いロジックを生み出しました。将来的には、この分子情報を直接脳に届けることを目標としています。」
「更にこの材料は、500℃でも壊れない強度を持っているため、自動車から食品まで広く展開することができると考えています。味香り戦略研究所さんとも一緒に取り組んでいますが、においデータを当デバイスで画像化、機械学習させることで熟成度などに寄与する多様なにおいの全体感を捉えることが可能となります。これらの情報を用いることで、食品をハンドリングできるようになるといいですね。」
―においの組成を明らかにする技術としては、GCMSがありますが、柳田先生の研究されているデバイスとGCMSとの違い、また、人間の感覚との相関という部分はあるのでしょうか?
「様々な業界の方に、においセンサの需要をヒアリングしたところ、現状の技術は単発使用に強いものばかりで限定的な技術であるということがわかりました。私は材料が得意なので、目的に合わせて材料を作り組み合わせることができます。においは基準がないがゆえに網羅的に捉えることが困難ですが、これが実現できれば大きな需要が見込めると思い、カラムとMSがチップ上に乗っている集積化カラムのようなデバイスを開発しています。」
「また、GCMSはサンプリングの方法からにおいを簡潔的に取っているため、常時経時変化を追うことはできません。このデバイスは、GCMSでは捉えられないその間を捉えることができるので、GCMSを超えるようなものに成り得ると考えています。しかし、官能との相関は脳も関係するところですので、まずは有用なデバイスを生み出すことに突出したいと思っています。」
―人間の官能に左右される曖昧さを排除したデバイスなどができると客観的な評価が可能になり、品質管理などにも生かせそうですね。
「私たちの開発しているデバイスは、においの追跡ができるため、おいしさ要素のモニタリングを組み合わせると更に面白い展開になるのではないでしょうか。製造プロセスだと多数派に対してどうか? という視点のモニタリングになりますが、においの経時変化を捉えることでどの要素が個人の好みに影響するかという部分も見えるかもしれないと思います。」
―様々な分野で活用できる可能性を持ったデバイスですが、柳田先生が特に注力していきたいという分野などはありますか?
「様々な業界へのヒアリングと実現性、参入のし易さという面から、「食品」と「医療」に分野を絞って開発を進めています。ナノテクノロジーは俯瞰的なものであるため、自分の専門分野だけでは解決できないことが多くあります。そういった点からも自分の専門は持ちながらも、専門を少しづつ広げていくことが重要だと感じています。それに、本質的に難しいことにチャレンジすることが研究者の責務だと思うので、材料ができたから従来できなかったことにチャレンジできるという意識で研究に取り組んでいます。ここで突然のカミングアウトですが、私はにおいの研究をしているのに一般的な方より鼻が効きません。そういった面からも食品でのデバイス使用を実現し、自分の脳ににおい情報を届けたいとも思いますね(笑)。」
―本日はありがとうございました。
《PROFILE》
柳田 剛先生
Takeshi Yanagida
2002年英国Teesside University, PhD. パナソニック中央研究所、日本学術振興会特別研究員、大阪大学助教、JSTさきがけ研究員、大阪大学准教授、九州大学教授、九州大学主幹教授を経て、2020年より東京大学教授を兼任。