《2杯目》視覚の飲酒録

酒飲みの私はいい酒に出会うと記録したくなる。飲酒録の現代版といえば、それはSNS(Social Networking Service)を用いたものだろう。

美しいバーテンダーの手つきと道具類

SNSのデジタル記録は、スマホがカメラ付きで登場したことによって、写真一葉の魅力を見せることから始まった。「インスタ映え」なる言葉が出現し、やがて瞬時の美しさを切り取る腕を素人が競い合うほどのカメラと撮影の進化を経て、今はビデオだムービーだと動画の美しさや面白さ、そして加工による偽物化?的な妙技が生きるようなところまで変容してきている。
だが、しかし、酒とはどこまでビジュアルに訴えるものであることか!まこと、一糸纏わぬ純水の如き無色透明な液体が、精魂込めた生産のあとにさまざまな意匠を凝らした美しい容器や酒器に収められ、注がれ、移動していく。美しい。

バーでカクテルを見事に演出するカクテルグラス各種

お神酒の白い壺が伝統ではあるが、つい最近まで日本酒の容器と言えば判を押したように首の細い、傷みのないように着色(緑か茶)されたガラス製のいわゆる一升瓶と四合瓶が主流のままにきた。日本人はそのあとに凝った陶磁器、漆器、錫器やガラスやらの徳利に移して燗にしたり、冷やしたり、一口ごとにすするための升やお猪口やと酒自身が人の口に到達するまでの経路の一つ一つに繊細にこだわってきた。これらの酒器の美とそれを注ぐ人の手に私の視覚は文字通り「奪われる」。

翻って、筆者が目下熱狂中のジン。こちらはその生誕から数世紀しか経っておらず、近代的なガラス製ボトルが主流の容器。日本酒と同じく中身は無色透明な液体なのだが、ボトルの形、色、ラベルなどのすべてが作り手ごとに異なっており、ボトルだけでも百花繚乱。しかも、カクテルという飲み方と、それをバーで飲むという環境設定が、見事に現代の「インスタ映え」にうってつけ。十酒十色のボトルの色形あり、透明のジンが万の色のジュースやビターズに染められ、曲芸のようなバーテンダーシェイクに出会い、トッピングあり、そしてさらに種々のカクテルグラスに注がれて目の前に登場する、この高揚する劇場感!そこに生命が宿っているかのように冷え切ったグラスの中で液体中の分子は混合の頂点に達していく。その痕跡が見えるかのようにジンは漂い、私は息をのむ。

火の帆は香水ボトルをイメージしたクラフトジン
「世界で最も美しいジンボトル」の1つによく数えられる
シカゴ発のクラフトジン Koval

酒飲みの味覚嗅覚にその液体が到達する以前に、視覚はこんなにも愉しんでいる。馥郁たる満を持したテイスティングの物語は実はそこから始まるのだ。