甲子園大学 副学長 伏木亨教授
日を増すごとに活発になる「食を科学する」取り組み。この視点で色んな研究室を紹介する。
食品開発者をはじめ一般の人々も本能的に求めるアノ感覚…。伏木先生はコク、やみつきの味、脂質味などマウス実験や栄養学の観点からも研究をされている第一人者です。現在では甲子園大学 栄養学部・フードデザイン学科に所属されながら、食創造学科の新設準備を行なわれるなど、新たな食文化の継承・発展にご活躍されています。
(インタビュー・文:味香り戦略研究所 主席研究員 髙橋貴洋)
―本日はよろしくお願い致します。突然余談なのですが、私、先生の本のファンでして、“居酒屋のつまみを劇的に旨くする技術(メディアファクトリー新書)※”を何回も読み直しています。
※小さくても入ったら長居してしまいそうな酒処こかげやで、旨い食べ方を学んでいく主人公の行く末や、伏木教授の酔いどれ講義が染み渡る……髙橋が陰ながらおすすめしている著書です。「ありがとうございます。まだ販売されているのですね(笑)」
―電子書籍化もされているんですよ。…先生はお酒好きなのですね。
「笑」
-閑話休題-
―いきなり脱線して失礼いたしました。先生の関西圏での活動が活発なのは、食の原点で、老舗料亭などの日本料理などに触れることが多いからでしょうか?
「そうですね。所属の大学の関係ももちろんありますが、食への貪欲さというのが関東に比べ、関西の方が強いと感じています。そのため食に関するこだわりから得られる研究のヒントには事欠かさないですね。」
―食文化を大切にし、継承しているヒトが多いということかもしれませんね。先生の研究の中で興味深かったことなどをお聞かせください。
「実験ではよくマウスを使うのですが、非常に正直で“本能”に従うというところですね。例えば日本酒の甘辛度(あまからど)は科学分析ではブドウ糖や酸度などから算出せねばなりませんが、マウスは本能で甘いものから順に飲むのです。」
―下戸…なのではなく、カロリーをきちんと認識して摂取しているのですね。
「ヒトはもっと複雑で“本能”と“人間らしさ”を併せ持っているんです。」
―人間らしさ?ですか。
「例えばダイエットをして、本能に逆らっている状態は人間らしく、しかし一転して本能に負けて食べてしまったり…その点マウスは非常に正直で可愛いですね。」
―ヒトの食の嗜好は様々な環境下で形成されますから、先の関西の食の貪欲さはそういうところからきているのかもしれませんね。おいしさについて、まだまだわからないことも多いと思いますが、今後伏木先生が解明したい「おいしさ」はありますか?
「そうですね。“飽き”について研究したいですね。例えば同じものを食べていると好みのものでさえいつしか飽きてしまいます。でもマウスで実験すると、彼らは同じ餌を文句言わず食べ続けることができるのです。ここがヒトと異なる点で、うまく実験系を立てられないか考えています。」
―これも人間らしさの一部なのでしょうか。これが解明されれば感性満腹感や連食性、はたまたダイエットに挫けてしまう…などの解明にもつながりますね!最後になりますが、今後の日本の食の未来はどうなるかお聞かせください。
「やはり食のオーダーメイド化は実現するのではないでしょうか。それにはこれから様々な観点からの研究が必要です。そして“食べることが好き”というのも立派な能力のひとつです。新しい価値観を持って食文化を育み、取り組むことが重要なのではないでしょうか。」
―ヒトとマウスの“食べる”ことの違いが、改めてヒトたる所以を教えてくれた気がします。食へのこだわりというのも人間らしさあってこそなのかもしれませんね。伏木先生、本日はありがとうございました!
《PROFILE》
伏木 亨先生
Toru Fushiki
1953年舞鶴市生まれ、滋賀県に育つ。1975年京都大学農学部卒業、1994年より京都大学農学研究科食品生物科学専攻教授。2015年より龍谷大学農学部食品栄養学科教授、龍谷大学食と農の総合研究所付属食の嗜好研究センター長併任。2021年甲子園大学副学長に就任。京都大学名誉教授。
専門は食品・栄養化学。研究テーマは、油脂やダシのおいしさのメカニズムの解明、おいしさの客観的評価手法の開発研究。
日本栄養・食糧学会評議員、日本香辛料研究会会長、日本料理アカデミー理事。
2008年安藤百福賞、2009年日本栄養・食糧学会賞、2012年日本農芸化学会賞、同年飯島食品科学賞、2014年日本味と匂学会賞授賞、同年紫綬褒章受章。
専門の学術論文の他に、著書に、だしの神秘(朝日新書)、味覚と嗜好のサイエンス(丸善)、おいしさを科学する(ちくま新書)、人コクと旨味の秘密(新潮文庫)、だしとは何か(アイ・ケイコーポレーション)、日本料理大全(シュハリ・イニシアチブ)など。