口から鼻に抜ける「香り」のリアルタイム分析および数値化に成功

令和8年6月29日
国立大学法人福井大学

本研究成果のポイント

  • 喫食時に鼻に抜ける匂い成分(レトロネーザルアロマ成分)のリアルタイム分析を実施するとともに、香りの放出挙動を表すフィット関数(注1)を提案しました。
  • サンドイッチを食する実験で、パンの量が少ないと匂い成分の放出は早まるが、唾液が混ざると後半は気化が抑制され、香りの持続時間が短くなることを明らかにしました。
  • 本手法は、消費者の嗜好に合わせた食品の開発、あるいは食事を楽しむための喫食条件の提案などに応用できます。

概要

口から喉を通り鼻に抜ける香り(レトロネーザルアロマ)は咀嚼中に味と調和した風味として知覚され、食品の美味しさに直結します。福井大学学術研究院工学系部門材料開発工学講座の内村智博教授の研究グループは、レーザーイオン化質量分析法(注2)を用いて、レトロネーザルアロマ成分のリアルタイム分析とその定量評価(数値化)に成功しました。

実験では、カレーの匂いのするクミンの粉末を食パンに挟んでサンドイッチとして喫食し、鼻に抜ける成分をリアルタイム測定しました。結果として、匂い成分であるp-シメンについて、呼吸による増減と、食べ進める過程で起こる増減の両挙動が確認されました。またこの変化を表すフィット関数を提案して解析した結果、 一例として、パンの量が少ない時には匂い成分が早く放出される一方、パンが分泌された唾液と混ざってどろどろになり、測定後半では成分の気化が抑制され、結果として匂い成分の放出時間(継続時間)は短くなりました。

レトロネーザルアロマ成分は呼吸ごとに大きく変動し、またその放出挙動は個人差が大きいため、これまで定量評価が困難でした。これに対し本研究では、サンドイッチのような複雑な放出挙動を示す食品でも、匂い成分の放出時間やその濃度を定量的に評価できます。今後、消費者の嗜好に合わせた食品の開発や食事を楽しむための喫食条件の提案などへの応用が期待できます。

〈研究の背景と経緯〉

人は二つの経路から香りを知覚します。外気が鼻に入る経路をオルソネーザル、口から喉を通って鼻に抜ける経路をレトロネーザルといいます。レトロネーザルアロマは咀嚼中に味と調和した風味として知覚され、食品の美味しさに直結します。食品開発の分野では匂いの官能評価が行われますが、簡便ではあるものの主観的評価であるため、個人差が大きく反映されてしまいます。また、レトロネーザルアロマは喫食中の呼吸や咀嚼、唾液量の変化などにより大きく変動するため、その放出挙動をリアルタイム測定することが望まれていました。

福井大学の内村智博教授の研究グループは、レーザーイオン化質量分析法を用いてレトロネーザルアロマ成分のリアルタイム分析を実施するとともに、その定量評価を試みました。

〈研究の内容〉

試料として、カレーの匂いがするクミンの粉末を食パンに挟みサンドイッチとしました。クミンの量は変えずにパンの量を変え、鼻に抜けるアロマ成分をリアルタイム分析しました。呼吸は3秒吸って3秒吐く6秒周期としました。波長266nmの紫外レーザー光を用いて分析した結果、アロマ成分であるp-シメンが検出されました。またその放出挙動について、呼吸による増減と、食べ進める過程での増減の両挙動が確認されました。

また本研究では、この挙動を表す独自のフィット関数を提案しました。この式に当てはめて数値解析した結果、パンが1gと少ない時は、アロマ成分が検出され始める時間と終了する時間がともに早くなりました。これは、パンに挟まれたクミンが口の中で早く露出し、アロマ成分が口腔内から鼻に抜ける一方、喫食が進むにつれパンの量に対する唾液の割合が多くなり、気化が抑制されたためだと考えられます。これに対し、パンが3gおよび7gの場合には概ね同じような放出挙動が確認され、1gの時よりもアロマ成分の放出開始が(本研究の場合は3秒)遅くなること、また咀嚼が進んでもある程度アロマ成分の放出が持続することがわかりました。尚、アロマ成分の瞬間的な最大放出濃度は、どのパンの量でもほとんど違いが見られませんでした。

アロマ成分の放出挙動は個人差や1呼吸ごとの差が非常に大きいため、特に信号の検出開始・終了時間について数値化することは困難でしたが、本研究ではフィット関数を用いることでこうした時間を数値化し、サンドイッチ型の食品でも定量的に評価できるようになりました。

本研究の成果は、学術誌「Analytical Sciences」に掲載され、同誌のHot Articleに選出されました。

〈今後の展開〉

今回、レーザーイオン化質量分析法とフィット関数を用いて、サンドイッチを喫食した際のレトロネーザルアロマをリアルタイム分析し、放出挙動の評価を実現しました。放出挙動の評価法は、食材の配合量や食品の形状・硬さなどの違いにより鼻に抜ける香り成分がどのように変化するか、などについて検証する際に有用だと考えられます。また、食事方法の違い、例えばよく噛まずに飲み込んだり、あるいは口いっぱいに頬張って食べたりした場合、鼻に抜ける香りはどうなるのかなどについて調査できると考えられます。本研究は今後、消費者の嗜好に合わせた食品の開発、あるいは食事を楽しむための喫食条件の提案などに応用できると期待されます。

〈参考図〉

(図は下記URLの論文図をご覧ください)

〈用語解説〉

(注1)フィット関数
実験データを表す近似的な関数のこと。本研究での匂い成分の信号強度は、呼吸ごとに増減を繰り返すとともに、全体としては増加した後に減少する結果となった。この挙動を表すために、前者を三角関数(sin)で、後者を独自に提案していた2つの単調増加関数の引き算と考え、それらが同時に起こるものとして新しいフィット関数を提案した。

(注2)レーザーイオン化質量分析法
(論文内での名称:共鳴増強多光子イオン化飛行時間型質量分析法)
レーザーイオン化法とは、質量分析法のイオン化法の一つ。気化成分にレーザーパルスを照射することでイオン化する。レーザー波長を成分の吸収波長にすることで、イオン化(検出)効率を飛躍的に増加させることができる。
質量分析法の一種である飛行時間型質量分析法とは、イオン化した成分を質量電荷比に応じて分離分析する手法である。イオン化した成分を加速させた際、イオンの質量差に基づく速度差により検出器に到達する時間が異なるため、成分の質量を分析できる。

上記2手法を組み合わせた手法がレーザーイオン化質量分析法であり、対象成分を高感度・高選択的に検出できる。

〈論文タイトル〉

Resonance-enhanced multiphoton ionization time-of-flight mass spectrometry for the real-time analysis of a retronasal aroma compound from a cumin sandwich
(共鳴増強多光子イオン化飛行時間型質量分析法を用いたクミンサンドイッチからのレトロネーザルアロマ成分のリアルタイム分析)

〈著者〉

英語表記
Hazuki Uno, Masaaki Ukita, Tomohiro Uchimura

日本語表記
宇野 葉月(福井大学大学院 工学研究科 博士前期課程 産業創成工学専攻 修了)
浮田 匡章(福井大学大学院 工学研究科 博士前期課程 産業創成工学専攻 修了)
内村 智博(福井大学学術研究院 工学系部門 材料開発工学講座 教授)

〈発表雑誌〉

雑誌名「Analytical Sciences」
42巻6号411-419ページ(発行:2026年6月)
URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s44211-026-00907-z
DOI 番号:https://doi.org/10.1007/s44211-026-00907-z
・同誌の Hot Article に選出されました
https://link.springer.com/collections/aciiagachg

〈研究支援〉

本研究は福井大学研究ファーム事業の支援を受けて実施されました。